変化
2010/07/29 16:40:26
最近、ゴシックを買ってない。
ゴシック・ショップじゃない店でポツポツと・・・・。
それでも「変わってるね」と言われるけどね。
外観が変わるのって、結局、内面が変化してきているような気がする。
失恋したり、気分を変えるのに髪を切るとか、好きな人が変わると服の趣味が変わるとか
良く聞きますよね。
私は?
なんというか・・・・・自分が自分と同一化したような感じがあります。
「 自分が好きですか? 」 「 自分を愛してますか? 」という質問を
カウンセラーやセラピスト、心理学をやっている人達は良く尋ねます。
ずっと「 自分を愛するって、具体的にどういうこと? 」と探りつづけ
なんとなく分ってきて、どんなことをしていけば無意識の自分を意識できるのか
体感して、認められるようになって、拘りを1つ1つ手放して、そしてなんというか・・・・・
好きとか嫌いとかじゃなくて、
今、この瞬間、ここに居る自分が、自分の全て。
私が、どう見えるかは、相手が引き出す「私」であって、それは人それぞれ違う。
それで良い。
その人が、どんな「私」を見ているのか、それも興味深い。
何種類もいる「私」たち。
いくつものキャラクター、パーソナリティが、それぞれの存在を認め合いながら
1つとなって存在している。
そんな感じを最近、体感しています。
誰にどう見られても良い自分。
まだ感覚は弱いけど、流れに任せて、育んでいきましょう。
ゴシックに身を包んでいた時は、まだ何かに抵抗?拒絶?していたのかもしれないなぁ。
とは言っても、ゴシックは好きだから、来てますけどね。毎日。y(^ヮ^)y
患者さんのサバイバーズ・ギルト
2010/07/21 20:05:43
と聞きました。
その思いを医者に言うことは、まずないのではないかとも聞きました。
主に患者さん同士が、休憩室とかで話しているようで。
その傾向は、個室の患者さんには、あまり見られないらしい。
特に白血病の患者さんは、同じ病棟でも骨髄移植が出来るかどうか、リンパ系の場合は、移植すら治療にならないとか複雑な思いも絡んでくるようです。
結局、どんな思いを持っているのか、それを言葉では聞くことはできなかった。
でも、検査結果をもろ手をあげて、喜ばないってのがひとつの目安とは言えるようだ。
診療所の患者さんにも、そういう思いってあるのかなぁ。
・・・・・・・・・・今日は、寝よう。
サバイバーズ・ギルト
2010/07/20 21:33:34
その場に居た他の人々が亡くなったのに 自分は助かったことに対して抱く罪悪感。
今、調べているのですが、尼崎JR脱線事故で生き残った生存者は
「人の重みで亡くなった人も多いと聞いた。自分は誰かがクッションになって助かったのかも」
「息苦しくて、自分が身体を少し動かしたために 下の人に圧力がかかり、その重みで亡くなったかもしれない。」などの思考が強く、未だに事故を昨日のように感じ
「夢の中で 人の悲鳴がし、圧迫感を感じて目が覚める。」という。
他にも戦争や原爆の中、周りで死にゆく人たちの中、助かった人は
「たとえ怪我をしてても、他の人の救助活動をすべきだった。」とか。
そういえば以前に 飛行機事故で1人の少年だけが生き残り、他は全員死亡。
その少年は、「なんで自分だけが」「なんのために」と生きていることにマイナスの重さを感じていた上、多くの人に、「みんなの分も生きなくてはね。」という言葉に 耐えかねていた。
今回、調べているのは、がんなど重篤な病で、同じ病室、同じ病などで亡くなってしまった人
つい昨日まで話していたのに、自分は回復に向かい、その人は亡くなったことについて
無意識に罪悪感を感じてしまっている人の心。
事故や事件よりも 表面化しずらいようだが、治療の効果や自己治癒能力には確実に影響を及ばしてしまうのだろう。
神戸の震災に関して調査していた人が、被災者たちの話を聞いていくうちに
なぜか、自分がこうして生きていることが悪いような思いが湧いていた。
ということも言っていたが、取材が終わってしばらくするとその気持ちはおさまったそうだ。
これは、罪悪感というより、共感、無力感といったものかな。
サバイバーズ・ギルトが、本来の意味から離れ、友人・知人が自殺したことを聞いて
「なぜ助けられなかったのか」「なぜ気がつかなったのか」と自分が原因ではないのに責める
というのがあるが、目の前で死なれたわけでもなく、また死ぬ決意をしている人は周囲の人に悟られないようにする(邪魔されないようにするため)と言われているわけで、止められることなどは精神科医でさえ稀と言われている。
これも罪悪感ではなく、無力感、悲哀、喪失感といったものだろう。
集団自殺の1員で、生き残ったのならともかく、その死の現場にも居合わせていないのだから。
しかし、これらの無意識に湧きあがってきている独断的推論、自己関連付けは、同じ流れなのかもしれないし、違うかもしれない。
その辺りが、まだ良く判断できない。
自分も同じ状態であったのに、誰かは亡くなり、自分は助かった時に湧きあがってくる感情が
サバイバーズ・ギルトであって、誰かに死なれた場合とは違うように感じる。
目の前で死んでいく相手が大切な人どころか、見ず知らずの人達にさえ抱いてしまう思いが、
サバイバーズ・ギルトなのだと思う。