無意識に求める理想
2010/02/03 21:14:23
これらは、全部、単なる役割の名称。
それぞれの役割は、世間一般の常識によって作られた 形 が有ります。
でも、現実に居る家族は、「 見本 」でも「 手本 」でもありません。
頭では分かっていても、自分の親には「 親として 」を求め、
兄弟・姉妹には「 人として 」を求めてる。
場合によっては、自分の嫌なところを 相手に投影して 見たくもない部分を見せられ
勝手にイライラしてしまう。
「 自分は、あ~は ならない 」 「 自分とアイツは違う 」という感情があったら
何かを投影しているかもしれませんね。
「 ど~~して、あの人は! 」 「 それでも親か? 」という感情があったら、
理想を押し付けてるかも。
その人は、その人。 世間の常識は、現実とは違う理想。
感動物語に出てくる家族も 完璧だったわけではなく、
その人の良いところに焦点を当てているだけのこと。
完璧な人など、いないのだから。
もちろん自分も 理想的な兄弟・姉妹でもないし、理想的な親でもない。
間違えるし、失敗もするし、嫌な気持ちにもさせてしまう、どこにでもいる人間。
「 親になれば、親の気持ちが分かる。 」という言葉があります。
親になれば、親が子を想う気持ちが分かるという意味なのでしょうが、
その気持ちを広い意味で捉えてみました。
我が子を想い、懸命にやっているつもりでも、四六時中、油断なくなどということは無理。
そして、良かれと思ってしたことでも、我が子を傷つけることもある。
ついウッカリ、「 悪い言葉 」を言ってしまったこともある。
どうやっても、理想の親、見本、手本、とういわけには いかない。
だめな部分もあるけど、思う気持ちは本当。
コミュニケーション不足、伝え下手、疲れてる時、イライラしてた時、
様々な悪循環で、上手く行かない部分。
どうか、許して下さい・・・・これから先の傷にしないで下さいと切に祈る。
力や言葉の暴力、育児放棄や放置する親 もいますが、
大概の親は それぞれのベストを尽くしているんだろうなぁ。
24時間365日は、無理だけど、その人の出来る限りはやっているのでしょう。
親は許せないけど、我が子には、自分の至らなさを許してほしいなんて、勝手ですよねぇ。