誕生日
2010/09/29 21:00:28
一般に「 死んだ人の年齢は数えるな。」と言われてますよね。
私も数えてはないですよ~。w
ただね・・・今月は、手間をかけさせたし・・・複雑な思いもさせたみたいだし。
そして、また本日、ちょっとした頼みごとというか、「 ヒントくれ~ 」と心の叫び(笑)
この間みたいに、翌日教えてくれるとは期待してないけど~。
でもね、信頼してます。
子は、親が望むと望まざるにかかわらず、「 この世にやって来ます。 」
親が無事に産みたいと思っても、必ずしも無事に産めるものではありません。
母親が、赤ん坊を産むのではなく、子が本能で生まれようと出てくるのだなぁと実感してます。
母親は、生まれようとする子の手伝いが出来るかどうか・・・・ってとこですねぇ。
それも、あまり上手く出来てるとは言えないと思う。ww
産んであげたのではなく、生まれるべくして、生まれてくる。
それが 赤ん坊という 人間 なんですよね。
生まれたからと言って、生きながらえるとは限らない。
どんなに親が、生かそうと思っても、何歳まで生きるかは、分らない。
誕生日は、とりあえずこの1年は、無事に生きていましたという日。
私が、父の元に生まれてきたのは、なぜかな?
医者としての父に 我が子の命を助けるチャンスを与えるためか。
何にしても、今、私が生きているのは、父とその先輩や友人たちの治療と手術のおかげなわけで。
思考錯誤な試験的手術が出来たのは、手術室に親権者がいたからなわけで。
それとも、これも単に私の生命力の結果なんだろうか。
私だけでなく、父の元に生まれてきた子たちは、血管の位置が真逆だったり、体温調節ができなかったりと何かと身体的問題を抱えているって、不思議です。
そんな我が子達に 父はどんな思いを抱いていたのだろうか・・・と。
私たちに出逢う前、父は、
「 今度生まれてくる時は、石になりたい。 」と言ったそうです。
家庭環境の辛さから、感情を放棄したかったのでしょうね。
この2年程、肉体を失った父の感情を感じることがシバシバ。
今月の8日などは、複雑すぎて「 何が言いたいのか分んない! 」って言いたくなるような感情w
ま、結局、分った・・・・というか、分らされたけど ((¬_¬;)
感情を放棄したかった父は、肉体を離れても感情だけは残っているようです。(笑)
死んでも思い通りにはいかないもんだねぇ~いや、もう放棄する気はなくなったのか?
誕生日って、肉体の存在を確認する日なんでしょうね。
1年間をまとめて祝うのを 否定はしないけど、日々、有り難いと感謝できれば、
誕生日も勤労感謝の日も父の日も母の日も 全ての記念日は必要ないのに、
感謝しましょうという日を設けないと、日々、当たり前になっちゃうのが人間
なのでしょうね。