にゃっとう
2011/04/08 12:02:38
週1の買い出しで2~3パックは冷蔵庫にストックするサイクルが、暫くの間、出来なかったです。
偶然、1パックだけ買えたりすると みんな、他の家族に遠慮して誰も手を出さなかった。(笑)
家族全員が「好き」で朝でも昼でも夜でもそれぞれが食べたい時、週に1~2回は食べるってお互いに知っているからね。
仕事をしていると、開店前に並ぶとか出来ないし、買いだめはする気なかったし。
でも、最近はいつも通りの時間に いつも通りの量が買える♪
買えなかった時は、「 納豆の代わりにお茶漬けね。 」と各種お茶漬けを買ってきたこともあった。
「 “な”の付くご飯のお伴、“なめたけ”買ってきたー!」と笑顔で言った時は、流石にヒンシュクをかったみたい・・・。
いつもは“おかめ納豆”の小粒なのですが、今は色々な納豆が目につきます。
そんな中で、であったのが、丸美屋の『 にゃっとう 』
熊本デザイン専門学校との共同開発商品だそうです。
猫の肉球が納豆に見えるのは私だけ?
このパッケージ(*´ー`) フッ・v
なんともナゴミます。
粒は普通の大きさ。
大豆は国産でなく「アメリカまたはカナダ
(遺伝子組み換えではない)」とあります。
付いているタレは、かつお風味のジェル状のもので
味は甘さを抑えたみたらし団子のあん
という感じ。
無くても何とかなるし、代わりになるものを探すと 新しいモノとの出逢いもある!
この『 にゃっとう 』は、発売してもう1年になるらしいのですが、私は初めて購入しました。
★ にゃっとう公式ホームページ
医者だった亡き父の教えです。v(。・・。)イエィッ♪
『 ポカリの成分とその割合は、最も点滴に近いから、
子どもたちが具合が悪い時
食欲がわかない時には、ポカリを飲ませなさい。 』
ところが、地震直後はポカリも買えない・・・・。
ドンキホーテの閑散とした飲料売り場で、ふと目についた
『 カルピス・フルーツオレ 』をとりあえず購入。
こっれが、美味いんだぁ~~。
昔のフルーツ牛乳を爽やかにした感じで、癖になりそうです!
これも2009年から発売されてたらしいが、私はお初です。
いつも迷わず、同じ物を購入していたけど、それが出来なくなったことで、
他に目がいき、新しいモノとの出逢いがありました。
何が何でも 納豆!
ど~してもポカリ!
とはならなかったことに 感謝ですねぇ。(〃⌒ー⌒)/
今日から4月かぁ・・・
2011/04/01 18:14:35
皆さんは、何か楽しみましたでしょうか。
私は、例年通り、何もしませんでしたねぇ。
聞くところによると「都知事選に立候補しました!投票よろしく!」という実にタイムリーなエイプリールメールが来たという人も居ました。( ^∇^ )
その人は「当選のあかつきには、ぜひともエイプリールフールという慣習を無くして下さい。」と返信したとか・・・。
地震後の片付けもようやく終了に近づき、最近私は本の整理が楽しいです♪
このブログのある我がサイト:Star Voiceのコーナーにしてある「 脳内書庫 」に持っていた本をアップし、所持する・ブックオフすると選別しております。
1つ1つを改めて読み直し、感謝とお別れを告げ手放す。
こういうゆっくりとした厳選も断捨離です。
というか、パっとパっと捨てられることが断捨離ではなく、断捨離はあくまでも厳選ですから。
ペースは、人それぞれ。
今年1月から初めて、絵本と児童書が終わり、今月から漫画本。
これが多いんだぁ~。
でもねぇ、この後の人生、私が抱きかかえているより、どなたかのもとへ。
今回の地震で有無を言うこともできずに手放すしかなくなった壊れたモノたち。
割れ物3袋、布資源3袋、燃えるゴミ18袋、
そして崩壊し粗大ゴミとなった本棚やスチール製つっぱり棚達。
さぞかし家の中がスッキリしただろうと思います?
いえいえ、器を無くし、行き場を失ったモノたちが積み上げられて、各部屋は獣道を通り、寝場所へ辿りつくという状況でした。
残ったモノ達を要不要に分け、いくつかの器は買い直して、現在は片付いてない引っ越し直後状態まで復帰。
家族のモノはともかく、自分のモノは、もう~この後の人生で不要だろう~と改めて感じました。
でも、急ぐことはないし、ゆっくりとお礼や別れを告げられなかったモノ達の分まで、ちゃんと感謝と決別を。
以上、この記事は午後なので、エイプリルフール用ではないですよ。y(^ヮ^)y
我が家は東京23区内・・・・なんですけどねぇ。
揺れてエネルギーを放出するスカイツリータイプのマンションは、こういう状態になりうるということです・・・・。
被災地のテレビ放送
2011/03/24 17:33:41
子どもたちには、そのまま悲惨なこととして インプットされてしまいます。 』
というような書き込みを見かけました。
私は、こう思います。
見せ方、見る時の状況によるのではないかな。
子どもが独りぼっちで見ているという状況は、確かにいかがなものかと思います。
ですが、それは「 悲惨な画面だから 」ではなく、何故独りで?という点です。
その部屋に大人が居て、料理をしながら、くつろぎながら、食事を一緒にとりながら
その報道を見て、大人が、親が、何を話すか。
子どもと どんな会話をするか。
それが大切なのだと思います。
子どもに ストンとインプットされるのは、見たままの画像と共にそれをどう捉えるか。
それは、子どもの傍に居る大人に大きな影響を受けます。
駅員さんに「昨日一生懸命電車を走らせてくれてありがとう」って言ってる小さい子達を見た。
駅員さん泣いてた。
という話を聞きました。
コンビニで、小さい男の子が
「ポケモンのゲーム、買わなくていいから、ここへそのお金を入れて~」
と募金箱を指差して、母親に言っている子がいた。
という話も聞きました。
これらは、子どもに普段、何をどう話しているのか、今回の震災に関して何をどう話しているのか、親・・特に母親の影響が大きいと感じています。
節電による臨機応変な間引き運転の報道を見て、
「 いやぁねぇ~、不便になるわぁ~、仕事行くのも大変だぁ・・・ 」
と言っているか、
「 駅員さんたち、本当に大変よね。それでも何とか電車を動かしてくれて感謝しなくちゃ。 」
と言っているか。
・・・・・・・もっと素敵な言葉を ポツンと子どもの前で呟いているかもしれませんねぇ。
それは、まさに自分は、物事をどう捉えているかが、試されるということ。
これを機会に、子どもと共に考え、意見を交換するということも 素敵な人間を育てあげることに繋がるかもしれません。
自分自身も 1歩育つかもしれません。
子どもに、 見せない! やらせない! 制限する! ということの無意味さは、
ゲームやネットなどで、充分に分っている人も多いかと思います。
大切なのは、その画像から、何を子どもたちに伝えていくのか。
そっちではないでしょうか。
子どもは確かに未熟ではありますが、そんなに愚かでもないと思います。
我が子を信頼し、人間育てを必死でやることの方が、見せないことより重要なのではないでしょうか。