マスコミの威力を実感です。
2010/03/23 19:33:40
30人台から5~60人となり、PV(ページビュー)にいたっては、3桁になりました。
当ブログは断捨離ブログでは無いため、お探しの記事が 見やすいようにと
カテゴリー以外に トピックを設け、少しPVも落ち着いた~( ^-^ )
この連休は、リピーター様が増え、9割の方が1~3ページ位で、人数とPVも大差なくなり
40、60、80ページとクリックする方々も減り、御面倒もおかけせずに済んだかと思いきや・・・・・
本日の昼・・・・TBSで、断捨離セミナーが放送されたそうで。
先ほど、アクセス見て、思わず、海外からのスパン攻撃か!!と・・・・。
長年の「 荒らしとの戦い癖 」が身についているもんで、失礼いたしました。
アクセス人数・・・3桁ですねぇ・・・そしてPVは、凄いことになってます・・・・。
ここまで来ると 逆にどこまで行くのか、楽しみになってくるねぇ。ww
まぁ・・・一時のこととは思いますが、マスコミの威力、特にテレビって凄いんですねぇ。
「 お酢が身体にいい! 」と特集されると スーパーでお酢が売り切れる。
ってアレですなぁ。
ただねぇ・・・・このQ.O.L.は、断捨離ブログではないから、本当に申し訳なくて・・・・。
まぁ、こういうダンシャリアンもいるんだってことで、お許し下さいませ。m(__)m
ゴットホルト・エフライム・レッシング
2010/03/22 21:00:53
真理を見出すために どれだけ真摯な努力をしてきたかが、
その人の価値 を決める。
なぜなら、
手に入れたものではなく、真理の探求によって、人間の力は増し、
真理の追究の中にのみ、人としての完成度の絶えざる向上があるからである。
ドイツの啓蒙主義者、詩人であり、劇作家、批評家、思想家でもあります。
思春期あたりから、人は、「 自分は何故 生きているんだろう。 」など真理の追究を始めます。
「 何の為に 」 「 生まれてきた理由 」 「 存在理由 」 「 生まれてきて良かったのか 」と。
最近は、「 これが真理です。 今まであなたは騙されて来たんです。 」
的な論説も ネットや書籍で見かけます。
紫藤は、それらを1つ1つきちんと読んでいるわけでは無いから、絶対ではありませんが、
おそらく「 愛 」 と 「 自分 」、そして「 宇宙の摂理 」とか「 自然 」とかに行きつくのかな。
いずれにしても、他思想を否定することの中に「 愛 」は、存在しているのでしょうか。
私も色々な学びを続け、同じように学びをしている人達を見ていて 思うのです。
真理は1つかもしれないけど、そこまでの道のりは、本当に人それぞれで、そこに大きな意味がある。
たとえその経過が似てても、時期や流れ、そのポイントが人の数だけあるなぁ・・って。
そして、生きている途中に 「 真理 」を明確に理解した人って 本当に居るんだろうか。
少なくとも、ポンっと教えて貰って、迷いも悩みも無くなったとしたら、逆に危ない気がします。
「 我思う、ゆえに 我あり 」 (デカルト)
この世において、自分の存在、問題を思うめぐらす。それが、自分の存在を証明する。
他者の理解した真理ではなく、自分自身の真理を・・・・・ね。
桜
2010/03/21 13:44:45
日本神話の 木花咲耶姫(このはなさくやひめ)は、咲く花を神格化した女神であり、
糸を織りなす機織り(はたおり)の守護神でもあります。
この「サクヤ」が転じて、「サの神」となったとも言われています。
「サの神」は、山の神でもあり、稲の神とも考えられ、田植え時期の五月(サツキ)には、里に降りてきて田の神として秋の収穫まで見守って下さる。
「サの神」が降りてきたことを 教えてくれるのが、「 桜の開花 」だとか。
サクラの「サ」は、この神様のこと。 「クラ」は、座のこと。
だから、サクラは、山の神が、里に降りる途中で宿る花という意味だそうです。
人々は、今年も降りてきてくれた「サの神」を お迎えし、感謝する神事が、今の花見の始まりと言われています。
宴会のお酒や御馳走は、五月女(サオトメ)が、笹(ササ)のお皿(サラ)に、酒(サケ)、魚(サカナ)などを神に供えた後、皆で頂いたことに始まったようです。
・・・・・・・・・全部、「 サ 」で始まるのですねぇ~www
サクラの「 サ 」は「 幸(さち) 」、「 クラ 」は「 倉 」という意味も 持っているようです。
サの神が降りてくると、沢山の「 幸の倉 」は、いっせいに開き、桜の下で神事を催している人々へ 花びらと共に「 幸 」が降り注がれます。
幸せに満ちた人々を見て、サの神である 木花咲耶姫は、まるで、糸と糸を織りなすように人々の縁や絆を 織り結んでくれる。
確かに「 縁 」にも「 絆 」にも「 糸 」が使われてますねぇ・・・・・。
特に「 絆 」は、「 糸 が 半 分 」、「 絆を結ぶ 」で、半分になっている糸と糸を1本に紡ぐ。
花見の宴は、今では交流とか親交の場としての意味だけが、残ってるかな。(笑)
でも、桜の下には、たくさんの笑顔と楽しそうな声が 集い
そんな花見の宴に、幸せの花びらが 降り注ぐ・・・ってちょっと素敵ですね。( ^-^ )